仙台地方裁判所 昭和23年(行)2号 判決
原告 南部講平
被告 宮城県農地委員会
一、主 文
被告が昭和二十二年十二月二日原告の訴願に対し宮城県伊具郡枝野村字北小原百四十九番地宅地四百二十四坪についてなした裁決は之を取消す。
訴外枝野村農地委員会が昭和二十二年九月八日右宅地について定めた農地買收計画は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、訴外枝野村農地委員会は主文第一項記載の宅地が昭和二十年十一月二十三日当時不在地主である訴外小野儀左衞門の所有であつたのを、その後原告において買受けたものであるとし、訴外毛利徳市の請求により昭和二十二年九月八日本件宅地について農地買收計画を定め、これを公告したので、原告は九月十日異議の申立をしたが、十月一日却下の決定を受け、十月三日その決定書の送付を受けた。そこで更に十月十三日被告に訴願したが、十二月二日棄却の裁決を受け、その裁決書は十二月十六日送付された。
しかしながら
第一、本件宅地は昭和二十年九月二十日原告において訴外小野儀左衞門より買受け(その旨の登記を経たのは同年十二月二十四日である。)たものであるから、昭和二十年十一月二十三日以降その所有者が変更したものではない。
第二、(イ)本件宅地はもと原告方先祖伝來の宅地であつたのを、大正六年二月十九日原告先代安衞において負債整理のためこれを訴外小野儀左衞門に売渡したのである。しかして右売買と同時に原告方の家政状態が復興した場合には何時でも再び売渡すという再売買の予約があつたので、原告は訴外毛利政敏から借受けた宅地に仮小屋を建て粒々辛苦の末原告方の家政状態を復興し、こゝに漸く居宅建築の目的を以て本件宅地を買受けたのである。そして右小野儀左衞門は大正九年頃これを訴外毛利徳市の先代貴一に対し期限の定めなく賃貸していたので、原告は昭和二十年九月二十日本件宅地の賃貸人たる地位を承継すると同時に右毛利貴一に対しその返還方を申入れたところ、同人はこれを承諾し植栽果樹の取払いのため一年間の猶予を求めたので原告はこれに応じたのであるが、訴外毛利徳市は昭和二十一年二月十七日右貴一の死亡によりその家督相続に基ずいてその義務を承継しながら、約定の猶予期間がすぎてもその返還をしないのである。
(ロ)仮に前記日時右毛利貴一との間に本件宅地賃貸借解除の合意が成立しなかつたとしても、原告はその日同人に対し右賃貸借の解約を申入れ、右については前記事情の外、訴外毛利政敏からは現住宅地の明渡を求められているので、右毛利貴一から本件宅地の返還を受けて住居を建てなければならない事情にあるから右賃貸借はその後一年の経過とともに終了したのである。毛利貴一が借受け後間もなく本件宅地に梨樹等の果樹を植栽したことは被告主張の通りであるが、それは本件宅地貸借当時右貴一は特に訴外小野儀左衞門より右宅地は將來前記安衞に売渡すことになつている関係にあるから果樹等の植栽をしないようにといわれておつたのに拘らずその禁止を破つてなしたものであるから、それを理由に明渡を拒否することはできない筈である。從つて本件宅地はその買收計画が定められた昭和二十二年当時既に小作地ではなく、訴外毛利徳市は單にこれを不法占有しているにすぎない。
第三、前記のように訴外毛利徳市は本件宅地について不法占有を続けるのみか、昭和二十一年度以降その小作料も支払わず、かつ右訴外人の耕作農地は果樹園を含め本件買收計画樹立当時三町五反歩余、現在約三町三反五畝五歩であつて、それに較べると原告の場合は本件買收計画樹立当時も現在も一町七反歩余にすぎないのに、本件宅地の遡及買收を請求したのである。從つて右訴外人の遡及買收の請求は信義に反する。
第四、右訴外人は本件買收計画樹立当時、その当時の枝野村における自作農創設特別措置法(以下單に自創法とよぶ。)第三条第一項第三号の保有面積二町六反歩を超過する農地を耕作している。
以上の通りであるから右訴外人からの遡及買收の請求は当然これを排斥すべきであつたのである。それにも拘らず訴外枝野村農地委員会が右請求を認容して前記のように本件宅地について農地買收計画を定めたことは違法であり、從つて右買收計画を維持して原告の訴願を棄却した被告の前記裁決もまた違法である。よつて右買收計画竝びに裁決の取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の事実のうち
冒頭から裁決書送達迄の事実はこれを認める。
第一、記載の事実のうち、原告がその主張の日本件宅地(現況は農地である。)買受についてその旨の登記を経たことはこれを認めるが、買受の日時は昭和二十年十一月二十三日以後である。
第二、記載の事実のうち、訴外毛利徳市の先代貴一が、原告主張の頃訴外小野儀左衞門から本件宅地を借受けたこと、及び本件買收計画樹立当時の原告の耕作農地がその主張の通りであることはこれを認めるが、本件宅地がもと原告方先祖伝來の宅地であつたこと、原告先代安衞が本件宅地を売渡すことから原告がこれを買受けるまでの経過、及び枝野村における本件買收計画樹立当時の自創法第三条第一項第三号の保有面積の点はいずれも知らぬ、本件宅地賃貸借の合意解除ないしその解約申入の点、毛利貴一が本件宅地を借受ける際訴外小野儀左衞門から原告主張のような禁止を受けたこと、小作料不払の点は否認する、訴外毛利徳市の本件買收計画樹立当時の耕作農地の面積は三町七畝でその内一町一反歩弱は果樹園で田畑としては約一町歩弱を有するにすぎない同人の現在における耕作農地の面積の点はこれを否認する。
また現在の枝野村における自創法第三条第一項第三号の保有面積は三町五反歩である。
いずれにしても本件買收計画には何等違法の点がなく、從つてまた右計画を維持して原告の訴願を棄却した被告の裁決にも何等違法の点がないのであるから、これらの取消を求める原告の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)
三、理 由
訴外枝野村農地委員会が原告所有の本件農地(本件宅地は後記のように現在ここに梨樹等の果樹が植栽されていることは当事者間に爭がない。從つて現況農地というべく以下これを本件農地とよぶ。)について、右は昭和二十年十一月二十三日当時不在地主である訴外小野儀左衞門の所有であつたのを、その後原告においてこれを買受けたものであるとし、訴外毛利徳市の請求により原告主張の日これについて買收計画を定めこれを公告したこと、原告がこれに対しその主張の日それぞれ異議の申立竝びに訴願をしたが、右はいずれもその主張の日却下の決定竝びに棄却の裁決を受け、それらの書面がそれぞれその主張の日に送達されたこと、及び本件農地は元訴外小野儀左衞門の所有で、同人は大正九年頃之を訴外毛利貴一に対し期限の定めなく賃貸していたものを、後に原告が小野から買受け、昭和二十年十二月二十四日その旨の登記を経たことは当事者間に爭がなく、
第一、証人小野儀一郎(第一回)の証言及び右証言によつて眞正に成立したと認める甲第一号証によれば原告は昭和二十年九月二十日本件農地を他の宅地一筆畑一筆及び田二筆と共に小野儀左衞門から合計金二千七百円で買受ける約定をなし、代金の授受を終つたことを認めることができる。しかしながら成立に爭がない甲第六号証の二の(ロ)、右証人小野(第一回)の証言により認めうるところによれば、右売買の後当事者間では直ちに登記手続を爲すつもりであつたが、その方法は自作農創設の規定を利用すれば登録税を要しないというのでその方法を用いることとなり、手続をすすめて見たが、農地調整法の規定その他の関係で手続が却つて煩瑣になつて了い、終に、地目が田及び畑となつている土地の売買を取りやめ、本件農地外宅地一筆のみの売買に改め、之を実行することとし其の代金も金二千二百六十九円に減額し、金四百三十一円を小野から原告に返還し、その登記を爲すに至つたもので、このような事実と、所有権移転登記の日が前に認定した通り昭和二十年十二月二十四日であること及び成立に爭がない甲第三号証の一によれば、登記簿上では右売買の日が登記の日と同日となつていること等を綜合して考えると、前記最初の売買の日から右売買を本件農地外宅地一筆の売買に改めその所有権の移転登記手続を終る迄の間には多少の日時を費したと認められるから前記売買の日を以て直ちに本件農地が小野から原告に移転された日と認めることはできない。しかして又、以上の証拠関係からしては右売買が履行され、本件農地の所有権が小野から原告に移転された日が昭和二十年十一月二十三日以前であつたことを認めるには不十分であるといわざるをえない。甲第五号証の二の(ロ)、同号証の三の(ロ)、第六号証の二の(ロ)、乙第一号証、証人毛利政敏、佐藤諭、本田重吉、毛利徳市の各証言によれば、原告は本件農地を昭和二十年九月二十日に買戻した旨の記載又は陳述があるけれども何れも甲第一号証の契約の成立を指すものと認められるから前記所有権移転の時期を認定する資料として採用することができない。他にはこれを認めるに足る証拠がない。
第二、(イ)原告は昭和二十年九月二十日右毛利徳市の先代貴一との間の本件農地賃貸借を合意解除したと主張するけれども、この点に関する甲第五号証の三の(ロ)、甲第六号証の二の(ロ)はいずれも採用しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(ロ)証人毛利いせのの証言によれば、原告は本件農地を買受けた直後毛利貴一に対し本件賃貸借の解約を申入れたことを認めることができるからその正当事由の有無について按ずるに、毛利貴一が本件農地の借受後間もなくここに梨樹等の果樹を植栽したことは当事者間に爭がなく、被告は本件農地を明渡さなければならないとすれば、右果樹の移植のため毛利貴一において多大の不利益を蒙るから、明渡を求めるについて正当な事由がないと主張するけれども、成立に爭のない甲第三号証の一、証人小野儀一郎(第一、二回)、毛利政敏、本田重吉、毛利徳市の各証言を綜合すれば、本件農地はもと原告先代安衞の宅地であつたが、右安衞は訴外小野儀左衞門に対し負債があつたので大正六年二月頃これを右訴外人に売渡したこと、その際両者の間には原告方の家政状態が復興した曉にはいつでもこれを売戻すという再売買の予約があつたこと、及びその後右小野儀左衞門は前記のようにこれを訴外毛利貴一に賃貸したのであるが、当時貴一は果樹の栽培をしておつたので、本件農地は將來宅地として原告先代安衞に売戻さねばならぬという右に認定した事情から特に果樹の植栽を禁止した(耕作以外の目的で賃貸したという証拠はない。)ことが認められる。右認定に反する証人毛利いせのの証言は信用できず又その後小野儀左衞門から植栽について承認を受けたという証人毛利徳市の証言は信用しがたく、他の承認の点についてこれを肯認するに足る証拠はない。從つて果樹の植栽それ自体が小野儀左衞門に対し義務違反であるといわなければならず、かつ又、前記禁止は專ら原告方の利益のためになされたものであるから、小野儀左衞門の地位を承継し、本件賃貸借の当事者となつた原告においても当然に自己の利益のため右義務違反の点を主張しうべきである。從つて訴外毛利徳市がこの点でたとえ不利益を蒙つても、それを理由に明渡を拒否することはできないから、被告のこの点に関する主張には理由がない。
しかして他方原告方の事情をみるに、成立に爭のない甲第二号証、第五号証の三の(ロ)、証人毛利政敏、本田重吉の各証言によれば、原告先代安衞が大正七年二月頃訴外毛利政敏から原告肩書地(甲第二号証に伊具郡枝野村寄井五十四番地とあるは誤記と認める。)に宅地を建物所有の目的で、期間を二十年と定めて借受け大正八年頃そこに居宅を建築したこと昭和二十二年二月二十四日附で原告が右毛利政敏から現住宅地の賃貸借の解約の申入を受けその明渡を求められていることを、檢証の結果によれば、原告方の前記居宅は一般に細木を用い、しかも極めて僅かな材料で簡易に建築したもので相当古く現在柱には虫のついているところもある粗末なものであること(納屋はそれ以下の程度のものである。)をいずれも認めることができる。しかしながら毛利政敏が昭和十三年二月後右宅地の使用継続に対し異議をのべたことの証拠がない(証人毛利政敏の証言によれば借地の明渡を求めたのは昭和十八年頃からである。)からその頃右賃貸借は更新されたものというべく、而してその期間は、昭和十六年三月十日から借地法の適用を受け昭和二十四年二月迄であることが明かであるから仮に原告が本件農地をその居宅を建築する目的で買い戻したのであつたとしても、原告が現住地を右政敏に返還しなければならないことについて格別の事情がなければ、單に前記のように本件農地がもと原告先代の宅地であつたとか右に認定した程度の事情にあるという理由だけではいまだ右貴一に対し本件農地の返還を求めることができない。しかしてその他には解約申入の正当事由については原告において主張しないところである。
從つて原告の主張する解約申入は、正当な事由の存在を肯認するに足る証拠がないから、これを前提として本件農地の賃貸借が終了したといい、訴外毛利徳市を以て不法占有者となす原告の主張は理由がない。
第三、しかしながら、本件買收計画樹立当時原告の耕作面積が一町七反歩余であることは当事者間に爭がなく、成立に爭のない甲第八号証によれば訴外毛利徳市方のそれは昭和二十一年十月二十三日当時三町七畝八歩(内果樹園二反八畝三歩)である(現在は原告一町七反六畝二歩に対し右訴外人は三反五畝五歩、内果樹園二町二畝三歩)ことが認められ、双方の所有家屋の状態についてみるに、檢証の結果によれば、原告には前記のような極めて粗末な居宅納屋の外物置があるだけなのに対し、右訴外人には原告に較べれば遙に立派な居宅、及び倉庫、納屋の外土藏、葡萄液製造工場のあることが認められ、証人小野儀一郎(第一回)横山耕三、只野幸栄の各証言を綜合すれば右訴外人の資産状態は、果樹園を経営しているため納税額は枝野村において屈指であつて、原告よりも遙に優つていることが認められる。從つて原告の生活状態と右訴外人のそれとの間には著しい相違があることを窺うに充分であるから、本件農地を買收することは、たといそれが枝野村における自創法第三条第一項第三号に定める保有面積を越えないとするも(その判断はこれを措く)、保有面積の限度を定め、農地をできるだけ公平に分配して農村の民主化を図ろうとする自創法(昭和二十二年改正法律第二百四十一号によれば第五条第六号、竝びに同施行令第十五条第一項)の精神に反する。從つて右訴外人の遡及買收は信義に反し、排斥を免れないものというべきである。
以上の通りであるから訴外枝野村農地委員会が右訴外人の請求を容れて本件農地について買收計画を定めたことは違法であり、從つて被告が右買收計画を維持して原告の訴願を棄却したこともまた違法であるから、前記買收計画竝びに前記裁決の取消を求める原告の本訴請求には理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する次第である。
(裁判官 松尾巖 伊藤正彦 片桐英才)